本の虫、中毒日記

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マツダはなぜ、よみがえったのか? ものづくり企業がブランドを再生する時 第一章/宮本喜一
経営悪化から日本の企業として初めて外資の傘下となった、マツダ。
現在では過去の勢いを取り戻して世界中でヒット作を放ち、今ではフォードの小型車を担うグループの中核的な存在にまで上り詰めました。
この本ではどのようにしてマツダが復活への道を歩んだのか?を考えていきます。

この本では日本ではまずまずの売れ行きながら、欧州では大ヒットとなったアテンザやアクセラ、そして日本ではマツダを代表するヒットとなった二代目デミオなどの開発秘話も語られているのですが、それを差し置いて第一章…といっても本の半分以上のページ数だ…を丸ごと割いてRX-8開発物語として紹介されています。
何か政治的な力が働いているのか、第一章だけ別の本のように異なった内容に仕上がっているので、分けて紹介します。

RX-8といえば観音開きとはいえ4ドアで、人が充分に座れる四つの座席を持つ新しい形のスポーツカーです。
RX-7の生産終了と入れ替わるように誕生したために、RX-7の後継車種として紹介されることも少なくありませんが、この本を読むとこれは誤答でもあり、正解でもあるようです。

フォード傘下に入った時には既に始まっていた次期RX-7の開発。
このとき、開発陣は意外な選択肢を取っています。
それはロードスターのような、誰もが気軽に運転できて、楽しい車。
このコンセプトで誕生したのが、サイズの小さなロータリーエンジンだからこそ実現できる、『完全ミッドシップ』の設計です。現在、ミッドシップと呼ばれている車でも実際はエンジンがやや後方にあります。
そのため、バランスで言えば後ろがやや重く、スリップした際の全損率が高いといわれるのもそのためですが、この新型RX-7で作ろうとしたミッドシップのデザインであれば、それは起こらなかったのです。

このスタイルを実現するためにロータリーエンジンの小型が進められ、更に環境問題への世間の目が厳しくなるのを受けて、ロータリーエンジンも更なる燃費向上が求められた。
その結果としてRX-8が誕生する前、まだ新型RX-7が開発されている段階で、出力低下と自然吸気へのシフトは決まっていたのです
この部分を見ると、RX-8はRX-7と性格を全く別にする車であるように見えて、実は幻に終わった時期RX-7の基本的なコンセプトをそのまま受け取って誕生した車だといえます。

それがどうして更に4ドア化されたのか…。
これはフォードの要求によるものです。開発陣は新しく開発した完全ミッドシップ+新ロータリーのテスト車両(ロードスターの車体で再現した車)をフォードの幹部に試乗させることでロータリー存続を求め、その訴えは確かにフォードを納得させた。
しかしその上で出された要求が、4ドアで四人が快適に乗れるスポーツカー。

RX-7を新型にしても、当時のFD型RX-7並にしか売れないことが目に見えている。それ以上を求めるのであれば、セカンドカーとしてスポーツカーを持つには経済的に厳しい、家庭を持つ人…そんな新たな、従来のRX-7では拾い上げることが出来なかった客層を狙うことが出来るという発想です。
そして、その新たな車がロータリーエンジンの可能性を世間に知らしめることが出来れば、その時はRX-7の開発を認める…。
この点から見れば、RX-8はRX-7を復活させるために布石、全く違う車であると言えそうです。

技術偏向だったマツダに、ビジネス優先のフォードが提携してきたということは良い相乗効果を産み出したのかもしれません。フォードはより売れるイメージを提示する。そして技術のあるマツダはそれを形にして返してみせる。
RX-8は違う血同士が交じり合ったケミストリーそのものなのかもしれません。

吉良上野の立場/菊池 寛(菊池寛―短篇と戯曲)
わしは、殺された上に、永劫(えいごう)悪人にされてしまうのだ。わしの言い分やわしの立場は、敵討という大鳴物入りの道徳のために、ふみにじられてしまうのだ

忠臣蔵の物語を吉良上野介の立場から描いた作品です。

忠臣蔵の作品というと主に四十七士よりに描いたり、吉良上野介を同情的に描いたりと視点によって作品のイメージはずいぶんと変わりますが菊池 寛さんのこの作品はどちらも立てていない中立な作風です。
ただし専ら吉良上野介の目線で描いている為に赤穂浪士たちの感情などについては殆ど触れられず、序盤でどうにか接待の予算を切り詰めようと考える浅野内匠頭や、前回比7割程の予算でやりくりするように命じられた安井彦右衛門と藤井又右衛門の内心が描かれている程度なので、赤穂浪士に関してはほぼ触れずに描いているといったほうが正確かもしれません。

事件の前後関係はほぼ一般に知られている忠臣蔵の物語の通りです。
浅野家は京都から勅使を迎える接待役に任命されましたが、物価も高騰しているのに加えてこの設定は段々と豪華になっていく傾向にあり、浅野内匠頭はその傾向を変えていく為にも低予算での接待を推奨します。
反面、自らへの付け届けの額も含めて小額でおさえようとするのが気に入らない吉良上野介は何かにつけて嫌味を言ったり、必要な情報を伝えなかったりと接待の邪魔とも取れる行動を繰り返し、そしてあの事件が起こる―。

菊池 寛さんは事件の原因をこの際の吉良の行動が原因であるという説で描いているようです。

さて事件後の吉良上野介の感情は以下のとおりです。
・自分は接待の伝統を守ろうとした。
 その為に出費を抑えることで伝統を変えていくようなことは立場上、許すことはできなかった。
よって自分が斬りつけられた上に赤穂浪士に命を狙われているという事は、『別に悪いことをせん人間が、喧嘩を売られて傷を受け、世間からは憎まれた上に、また後で敵として討たれるなんて、こんなばかなことがあるものか』という理不尽さを感じています。

確かにこういう読み方をすると、吉良上野介も同乗する余地はあるよなーと思ってしまいます。
いきなり斬りつけられて、どうにか助かったと思いきや世間では悪役にされ、挙句にその家臣たちに再度命を狙われ、結果として殺されてしまう。

どちらに肩入れをして読むにしても、一度はこういう別の視点の作品を読んでおくのも面白いものだと思います。

クーデルカ ビジュアルガイドブック
イギリスなどの伝聞や宗教をテーマに、修道院での冒険を描いたゴシックホラーのアドベンチャーゲーム、クーデルカ。
モーションキャプチャーによりリアルな動き、そして日本のゲームとして初めて声と口の動きを同期させるなどリアリティあふれる映像を作りあげた作品です。
最初にプレイした時にはそんな事は知らなかったものの、見るからに綺麗だなーと感心したのを覚えています。

これはそのいわゆる『攻略本』なのですが、ビジュアルや世界観、作り手のコメントなどに重きを置いているのでゲームを終了させてもう何年も経つというのに、未だに本棚に転がしたままにしています。
このゲーム自体、イギリスの歴史(時代背景)や実在の人物を混ぜ合わせて構築されている世界観を持ちます。
その世界観をこの本でおさらいした上で、もう一度ページをめくっていると、またプレイしてみようかな〜などと思ったりしますが、それを思いながら読んでいるうちが華なのかもしれません。

さてもう一つの読みどころは作り手のコメント。
今の感覚ではわからないかもしれないけれど、当時のゲームのムービーで、人が柔らかそうに見えるってすごい印象的な出来事だったんですよ。同時期にプロデューサーの菊田裕樹さんも在籍していたスクエアより映像の定評が高いFF8が出ていますが、このクーデルカは派手さでは劣るものの、質感では勝るとも劣らないクォリティです。
制作側のコメントを読んでいると、感じるのはビジネスライクな仕事というよりは一芸に秀でているスタッフにとことんやりこませて一つの作品に集約させたという感じを受けます。
それはプログラマーんぼ三嶋康治さんと永野裕司さんのインタビューの中に出てくる『最後には自分のデータを社内のサーバーに上げるのが禁止になりましたね』という発言に集約されているような気がします。
ちょっとした生活臭や染み。
意識的には見ていなくても、総合的にそれはリアリティを産み出している。

このクーデルカが商業的にどのような評価をなされるのかは知りません。
ただ作り手の、作る楽しさがこのビジュアルガイドブックには集約されている。それは、ゲームをプレイするのと同じくらい興味深いものでした。

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