本の虫、中毒日記

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Fujisaki

Author:Fujisaki

基本はシャーロッキアン。
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瓶詰地獄/夢野久作
非常に短い短編作品なのですが、幾通りもの解釈が出来る非常に興味深い内容になっています。

ある幼い兄妹が南方の島に漂流して、そこで二人で力を合わせて暮らしながら助けを求める瓶詰めの手紙を海へ流していました。
この『瓶詰地獄』という作品は、その手紙が見つかったというシチュエーションで、その内容がつづられているものです。


幼かった主人公が持っていたのは一本の鉛筆にノート一冊、虫眼鏡、水の入ったビール瓶が三本、そして聖書が一冊で、三本の手紙が書かれるまでの期間は非常に長く、幼かった妹がだんだん女性として美しく成長していく事、それに対する二人の戸惑いなどが紹介されています。

色々な読み方があると思うので、以下で僕なりの解釈、考察を紹介します。
ネタバレを含むので続き以降で。


□ 時系列を正す
これはもう定説となっていると思っていいでしょう。
三本のビール瓶は一里程度の範囲内で同時に発見されています。なので第一の瓶、第二の瓶、第三の瓶という紹介のされ方も、その手紙が書かれた時系列ではなく、瓶を拾った人が公表した順番もしくは発見された順番でしょう。
これを時系列を直すと、単純に真逆にするのが一般的です。
第三の瓶→一番最初につづられた手紙
カタカナまじりで生きている事を伝え、早く助けてくれる事を両親に求める手紙です。
第二の瓶→二番目につづられた手紙
漂流から10年くらいが経過したと思われる時期の手紙です。
二人がどのようにして暮らしてきたのかが克明に記されています。
無人島ながら食べ物も豊富で暖かだった事で、二人は弱ることなく健康に生き抜いていました。
しかしその為に、お互いを男女として意識している事などもつづられています。
第一の瓶→最後につづられた手紙(遺書)
一番最初の手紙こそが一番最後の手紙であり、遺書です。
せっかく助けの船が来たというのに、二人はそれを見届けて自害して果てます
自らを狂妄と呼びながら…。

□ 兄妹と男女のタブー
比較的ストレートに描かれている、兄妹の男女としての意識。
それを禁句とする象徴として登場する聖書の存在があります。(登場する意味的に新約聖書でしょうか?)
成長した妹の美しさに、主人公は女性を意識します。
そしていつしか妹も兄に男性を意識するようになっていきます。
こうした感情を主人公は『恐ろしい悪魔』と表現しているのでしょう。
だからこそタイトルにも『地獄』という言葉が含まれるのです。

□ 自殺の原因
主人公は聖書を焼き払い、またその直後に自殺しようとした妹を助けています。
しかし結局、二人は助けの船が来るのと同時に自害してしまうのです。

ここで注目したいのは、救いのはずだったその船は『とうとう』来たのであり、その音も『怖ろしい響き』でしかなかったという点です。(第一の瓶の内容より)
実際、二番目の手紙(時系列でも二番目)で、主人公は近くを船が通った際に目立つように設置していた崖の棒とヤシの葉を取り払ってしまった事を明らかにしています。
彼らは三番目の手紙の段階で少なくとも船で助けられて故郷なりに戻る事を望んではいなかったのでしょう。
そして死の理由は『こうして私達の肉体と霊魂を罰せねば、犯した罪の報償が出来ないのです』という事でした。

兄と妹が犯した罪とは何か。
…要するに一線を超えてしまったのでしょう。
直接的な表現はないけれど、聖書を焼き払う→自身の理性からの脱却妹の自殺を食い止める→妹の理性からの脱却…という意味合いで、無人島で二人で居る分にはこれでよかった。
聖書の無くなった島で、二人の行為や感情を罰するものは何も無いのです。
しかし島という限られた空間から出るという行為は理性への回帰であり、二人は大罪を犯している。
これが一時的な、人間の本能的な部分での行為であればそれは心の秘密として持ち帰ってしまえばよかったのかもしれないけれど、二人が死をもって償おうとしたのはやはり、二人が真に愛し合っていた、離れる事ができなかったという事なのではないかと思います。




きっと色々な読み方があるし、時系列にしても一番目の瓶は助けがきて死んでしまうから微妙にしても、二番目の瓶を一番目において、二番目で狂気にとらわれ(妙な文面の手紙=第三の瓶の手紙を綴り)、一番目で死を選ぶ…でもいいと思うのです。
また、第二の瓶の文章の中には『鉛筆が無くなりかけていますから、もうあまり長く書かれません。』という一文があるので、実は順番通りに第二の文のあとに一番最初と見られることの多い第三の瓶の手紙を持ってくる事だって可能なのです。
順番を取り替えていきながら、それに見合った解釈を与えれば、また違う読み方が出来る筈です。
国語の授業には正解が要求されたけど、本を読んで何かを感じるという行為に答えは求められるべきではない。
この作品を通して僕はそんな風に思いました。



※この作品は何度も改正されたそうで、その中でタイトルも『瓶詰の地獄』、『瓶詰地獄』という二つが存在しています。瓶詰地獄のタイトルの方が後期に改正されたものです。
 


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