本の虫、中毒日記

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Fujisaki

Author:Fujisaki

基本はシャーロッキアン。
でも雑食の本の虫。資格からマンガまでそこに文字がある限りっ。

紙魚、コナチャタテとはちょっと違う本の虫ですので、駆除はご容赦下さい。

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海からの贈物/作・ アン・モロウ・リンドバーグ 訳・吉田健一
リンドバーグ夫人として知られるアン・モロウ・リンドバーグさんが、家庭から離れて単身で島での暮らしを、波の音が今にも聞こえてきそうな一冊のエッセイに仕立てたものです。
大西洋単独無着陸横断飛行のイメージが強い著者ですが、今作で象徴的なのはそういった自らや夫の特異性をすべて排除した、まるで普通の家庭人が少し家庭から離れて自分自身の生活を振り返ってみた…そういった感じで描かれていることです。
ここに登場するのは一人のアメリカに住んでいる主婦であり、その夫もただの夫でしかなく、家庭を構成するメンバーの一人として以上は描かれていません。

冒頭で触れたとおり、リンドバーグ夫人は一人家庭から離れて島で暮らし始めます。
都会での喧騒から離れた彼女は海や海辺に落ちている貝から、今までの自分の暮らしを振り返り、そして『空白』の大切さに気づかされます。
我々は宝ものを、――貝殻を持ちすぎているという場合も生じる

そんな気持ちに至るまでの過程を、彼女はいくつかの貝殻に託して言葉にしています。
そしてそれは女性、主婦の生き方に対するメッセージであり、人間の人生に対するそれでもあるようです。

・ほら貝
ほら貝~ヤドカリと受け継がれ、今は空き家になったほら貝を見つめて、その簡素さに感嘆する。
そしてそのほら貝の簡素さは市までの生活にも通じる。
どれだけ少ないものでやっていけるか…。
荷物も少なく、建物だって簡素で松の木で目隠しが出来れば充分…。
自分たちがいかに多くのものを持ちすぎてこんがらがっているのか?を見つめなおすエピソード。

・つめた貝
女が満たされるために必要なこと…。
その答えをつめた貝(ツメタガイ)は『一人になること』と答える。
主婦だけが定期的な休暇がない労働者である』ことに対して、週に一回、一日に一時間でも一人で居る時間を作ることで、自分というものの本質を再び見出すことが出来る。
リンドバーグさん自身もコネティカットの自宅の部屋の机へ置くことでその重要性を常に再認識するようにするそうです。

・日の出貝
友達が夫人にいきなりくれたという日の出貝は脆いものだが、左右対称で蝶のような模様をした美しいもので、この左右対称になっている事から、夫人は夫婦というものについて考えさせられるようになります。
月日の流れで段々と変化していく夫婦の関係…。
それをもう一度呼び戻すための方法は、女が一人でどこかへ出かけるような時間をとるか、もしくは出会った頃にお互いが惹かれたのと同じように二人きりで旅行をすることだと考えます。
日常生活の中での様々な喧騒や、増えた家族との関係…様々なものが二人の距離感を開こうとしても、たまに二人きりで過ごす時間をとることで再び二人の関係は戻せるはず。

・牡蠣
しかし、と日の出貝のエピソードに対して続くエピソード。
日の出貝のような関係を続けていくことも大事だが、いつまでも日の出貝の関係である以上に、それぞれが変化していくことも出来る。それを思わせたのはそれぞれが様々な形に成長し、小さな貝殻を身に纏った牡蠣の貝殻だった。
牡蠣は決して美しい貝ではないが、その生活に適応するための形である。

たこぶね
(注:たこぶねとは、たこぶね科の蛸が卵を入れるために作る殻で、不要になると破棄するもの)
更に牡蠣から流れるように物語が進み、子育てが終わった過程の様子を、同様の目的で使われるたこぶねにたとえていますが、このたこぶねはこのエピソードで唯一『専門家の収集でしか見たことがない』ということで、どうやら机の上にも並んでいない様子。
子供が孵り、泳ぎ去ると母の蛸はこのたこぶねを捨ててまた新しい生活を始める。
これまでの親密なだけの関係から、個々が別々に二つの孤独になるような時間をも同時に持つこと…。

・幾つかの貝
荷造りをしている夫人。
彼女は島へやってきたばかりの頃の貝の集め方を思い出していた。
今でも充分に机の上は貝だらけになっているはずですが、当時の彼女は収集する余りポケットはびしょぬれになるわ、本棚から窓の棚まで貝で一杯になる有様だったようで、そこで彼女はいいものだけを選んでおくことを気づきます。

浜辺中の美しい会を凡て集めることはできない。
少ししか集められなくて、そして少しのほうがもっと美しく見える。


これが彼女が島で得た大きな体験だったのではないでしょうか。

・浜辺を振返って
いよいよ帰ることになった夫人。
ものや情報があふれる社会へ帰るに際して、『現在』しかありえなかったこの島から、社会への疑問を投げかけます。
未来は現代の代用になるだろうか。

家庭という中にある女だからこそ、知っている個人というものの大切さ。
現代の社会はそれをそろそろ返上しなくてはならないのではないか?と彼女は問う。
現代社会はたくさんのものを抱え込みすぎている。
現代は未来に追いやられ、自分の居る場所も見えずに世界のどこかを気にかけている。

海からの贈り物とは、もっと両手に抱えた荷物を降ろしてでもやっていけるという人生の楽しみ方なのかもしれない。




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