本の虫、中毒日記

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Fujisaki

Author:Fujisaki

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異邦人/カミュ
カミュの異邦人を読んでみました。

僕自身、異邦人を読むのは何度目なのか覚えていません。
読むたびに、前回の自分の解釈と意見が相違してしまうのは、この作品…というより、人間自体が不条理な存在だからなのかもしれません。

□ あらすじ
ムルソーという青年が暮らしていた。
慎ましいながらも勤勉に仕事をこなし、恋人と満たされた生活を送っていた。
物語はそんな彼の母親が死んだことから始まる。
何事にも強い関心を抱かない彼は、母親の死にも動揺したり悲しむことは無かった。
だからその葬儀の翌日にも女性を抱いたり、当たり前の生活へ戻ることが出来た。
彼の心は感受性豊かとは言いがたいものだった。
恋人は居る、しかし愛しては居ない。
結婚を求められれば許諾するが、それは彼ではなく相手が望むから―。
そんな彼の人生を一変させる出来事が起こる。
正当防衛とも取れる形で、人を殺してしまうのだった…。


□ 感想
色々な時代、色々な人たちが様々な読み方をしてきている作品なので、僕ごときが「この作品は…」等と語るのはおこがましい部分があるので、今回は素直に自分の感想なり、解釈なりを誤解を恐れずに書いてみようと思います。
もしこの記事を読まれた方でこの解釈が違うと思っても、なにとぞご容赦ください。

この作品で描かれているムルソーという青年は、ぱっと見ると物事への執着が弱すぎる。
例えば端的に恋人のような存在が居て、彼はその相手とセックスをしたいという欲求があるし、結婚をしてもいいという気持ちもある。
だけど、彼にとってそれは『愛しては居ないと思う』でしかない。
ではムルソーは愛してもいない相手とセックスをしたり、結婚をしたり出来る最低な人間なのかというと、それは違うような気がするのです。
ムルソーが抱いていた感情は、それは愛と呼んでも良いものであり、もしかすると世間一般で使われている『愛』と相違ないものなのかもしれません。
ただ彼はそれを愛とは呼ばない。なぜなら、きっと彼にとって愛という言葉はもっと深く尊い意味を持つ言葉だという意識があるからでしょう。だからムルソーは自らの感情を愛とは呼ばない。
カミュ自身の言葉でいうなれば『演技』であり、『嘘をつく』事を拒否したからであり、ムルソーはその拒否以外の行為においてはまったくありきたりな人間なのではないでしょうか。

僕らは生活の中で、ある程度周囲に気を使いながら暮らしています。
例えば先述の例で言えばセックスをするんだから愛していると言わないと気まずいかな?とか、結婚してもいいから愛しているんだろうな、とか…ある程度、打算的に言葉を選ぶことがあると思うんです。
言葉の定義は人それぞれですが、例えば疲れているから動きたくないという時に『疲れて動けないよ』と言う事もありますが、ムルソーの感覚で言うなら、『そんなに疲れているわけではないが、動きたくない』という言葉に置き換えるべきだとなるのではないでしょうか。

この作品で有名なせりふに『太陽のせい』というフレーズがあります。
裁判で殺人の理由を問われた時の言葉ですが、裁判の量刑だけを考えるなら殺す気はなかったとか、ムルソーの場合なら正当防衛を主張してもいいのですが、もっと深く『何故』を追求すると、さしたる理由などないのかもしれない。
しかし人はそういった部分で周囲の持つ基準に自分の言葉を合わせていかなければ上手くやっていけない。
カミュは母親の葬儀で悲しそうなそぶりをしなかった事で、冷酷な人間、感情が欠如した人間というレッテルを負わされ、裁判を不利に勧められてしまいます。
TPOに合わせてある程度の演技をしない限り、集団の中でまるで『異邦人』のようにつまはじきにされてしまう危険性というのは、この作品の舞台となった場所以外でも…そう、普段僕たちが暮らしている社会にだって、それはやはりあると思うのです。

ムルソーというのは、感情が欠如した薄情な人間のように見えて、実は凄く純粋で正直な人間なのではないでしょうか。
ただ、僕たちの感情が演技をすることが当然だと意識するから、彼は『異邦人』に見られざるを得ない。
それはムルソーのような人にとって悲しいことなのか、それとも僕たちのような人にとって悲しいことなのか、その結論は…まだ、僕自身にも見えてきませんでした。



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