本の虫、中毒日記

読書感想文、乱発中。

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Fujisaki

Author:Fujisaki

基本はシャーロッキアン。
でも雑食の本の虫。資格からマンガまでそこに文字がある限りっ。

紙魚、コナチャタテとはちょっと違う本の虫ですので、駆除はご容赦下さい。

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元禄忠臣蔵 忠臣蔵歌謡バラエティー
忠臣蔵は日本人が最も愛する美談の一つ。
小説から映画化、ドラマ、果てはゲームまであらゆる媒体で表現されています。

そして、もちろん音楽の業界にも進出しています。

この『元禄忠臣蔵 忠臣蔵歌謡バラエティー』は忠臣蔵の名場面を歌った名曲ばかりが収録されたコンセプトアルバムです。
もちろん全編演歌ですが、歌詞にこめられた言葉をかみ締めるには、やはり情感たっぷりの演歌が一番です。そして途中に挟まられる語りの部分も最高です。
歌詞も物語を追ったものなので、一通り忠臣蔵の内容を知っていれば目を瞑って聞いていれば命シーンがよみがえる想いです。

僕は普段から演歌を聴くわけではなく、どちらかというとL.Aメタル辺りに熱狂していたりする古いタイプの人間ですが、このCDに関しては朗読集を聴くような感覚で楽しめました。

収録曲は以下。
1 .元禄忠臣蔵~大石りくの生涯~:二葉百合子
2 .忍傷松の廊下:真山一郎
3 .天野屋利兵衛:鏡 五郎
4 .播州赤穂城:春日八郎
5 .あゝ赤穂義士:中川摂昇
6 .おんな忠臣蔵:山崎花舟
7 .赤穂浪士:二葉百合子
8 .赤垣源三・徳利の別れ:鏡 五郎
9 .神崎東下り:三橋美智也
10.徳利の別れ:三橋美智也
11.義士ざくら:西山彰山
12.忠臣蔵の唄:三橋美智也

個人的に聴き所は二葉百合子さんによる1番だと思います。
迫力があります。
また二名がテーマに掲げた徳利の別れはやはり演歌の雰囲気にばっちりはまってます。

いつもとはちょっと違った形の忠臣蔵。
BGMといわず、手にとって見てはいかがでしょう。

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760号と玉野市電の軌跡/玉野市電保存会
岡山県玉野市の本屋に立ち寄った際に見つけたのが、岡山県にかつて存在した玉野市電こと玉野市電気鉄道に関する本です。

本というよりは手作り感あふれるパンフレットという趣きでしょうか。

今では玉野市にJR以外の電車が走っていたということを知っている人のほうが少ないのではないでしょうか。僕も仕事で、何十年ぶりに岡山に来たという高齢の方と話をするまでは知りませんでした。
その歴史は非常に短く22年間程度の間、一度も黒字に転向することなく消えていったそうです。
元々は玉野市のみではなく児島半島を一周する壮大な計画だったようで、玉野市電は現在のJR宇野駅辺り~三井造船の玉野造船所付近までの短い路線でしたが、将来を睨んで免許は水島の辺りまでいけるように取得していたそうです。

この本の著者である『玉野市電保存会』は香川県の琴電に売却されてつい先日引退が決まった琴電760号こと、玉野市電モハ103号を玉野市へ帰郷させ、保存/展示していこうという取り組みを行っています。
そしてこの本の中ではその電車の構造や歴史などが紹介されています。

この本を読んで意識しながら玉野の町を走ってみたのですが、面影は非常に薄いという感想でした。
玉駅付近で川がやけに深くっているものの、橋脚が残ってる様子は見てとれるくらいしか当時の面影めいたものには行き当たりませんでした。
線路の大半は自転車/歩行者専用道路として改装されているので車では見ることが出来ませんでしたが、本の『玉野市電配線跡紹介』を見る限り、ところどころに言われてはじめて気づく程度の痕跡が残っている程度な様子。

玉野市電現役当時を知る人の短いエッセイや写真の他に、つい先日まで同僚として働いていた琴電の関係者の方のエッセイなどが紹介されています。

何とか残したかった』。
当時の最終運行を担当した運転手の方の言葉が心に沁みます。

玉野市電保存会では帰郷した電車をテーマに様々なイベントを行っていくそうです。
もうこの電車は走らないけれど、玉野の町にあの電車の音は戻らないけれど…。
人々の想いが玉野市電の欠片を、何とか残したのです。
その歴史は決して明るいとはいえないけれど、こんなに幸せな電車って無いですよね。

末永い保存と、人々の記憶に追憶だけではなく新しい思い出を作っていく電車であることを願っています。

玉野市電保存会
(本の購入はここから通販できる模様。他、玉野市内の本屋、岡山市内でも購入可能な店舗があるそうです。ちなみに価格は760円。103円にはならない模様?)


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半七捕物帳1 お文の魂/岡本綺堂
彼は江戸時代に於(お)ける隠れたシャアロック・ホームズであった。

江戸時代のシャーロック・ホームズこと半七。
その活躍を描いた第一弾です。

主人公と老いた半七との関係が築かれる前夜の物語です。
この『お文の魂』で半七の物語を聞かせるのは、後の物語とは異なり主人公の父親と親しかった通称『Kのおじさん』です。
怪談を嫌うおじさんが「しかし世の中には解(わか)らないことがある。あのおふみの一件なぞは……」と、主人公へ聞かせた物語―それこそが半七が描かれた最初の事件でした。

ちなみにこの話がされている時代は明治です。
半七は江戸末期に活躍した設定になっており、半七捕物帳は以降、起きた事件を伝えるという形で進められます。

お道という女性がある旗本の下へ嫁ぎ、娘をもうけて幸せに暮らしていた。
しかしある日、突然その屋敷を飛び出して兄へ離縁を申し出るのである。
その理由…それはお文という幽霊の存在だった。
そこでお道の兄はおふみの正体を暴くべく嫁ぎ先の屋敷の関係者を調べるのだが…。


ネタバレ等は続き以降で。
続きを読む…


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或る日の大石内蔵之助/芥川龍之介 (或日の大石内蔵之助)
芥川龍之介が赤穂浪士の物語を書いていたというと少し意外なような気もしますが、この『或る日の大石内蔵之助』は芥川龍之介らしい描写で、人間としての大石内蔵之助の討ち入り後の心理を描写した作品です。

自らの本懐を果たし、細川家に預かりの身となりながらも満たされた気持ちで残された日々を過ごし大石。全ては達成され、後は沙汰を待つばかりだった。
もうすべては行く処へ行きついた
敵の目を欺き、荒ぶる仲間達を抑え、そして討ち入りの計画を立てる。
二年近くにも及んだ激動の日々から開放された大石の気持ちは穏やかだった。

そんな時、早水藤左衛門が訪れて彼らの討ち入りの影響で江戸の町ではあだ討ちじみた事が流行っているという話をした。その場にいた浪士たちは自分達の忠義からの行動が江戸の町で高く評価されていた事の結果として、それを快く思っていた。

しかし、大石内蔵之助の心中はそうではなかった。
彼の満たされた気持ちが曇ったのである。

そこで話題をそらすために、討ち入りまでに脱落していった仲間の話をするが、それは逆効果で残った四十七士を讃える結果となってしまう。しかし大石の本心は脱落したメンバーを責め立てるような気持ちは無く、それこそが人間らしいものであると思っていたのである。
そして自らの行動の陰で、その守り立て役として世間から卑下される宿命にある彼らを憂うのだった。

芥川龍之介さんはこの複雑な感情を『一切の誤解に対する反感と、その誤解を予想しなかった彼自身の愚に対する反感』と表現しています。
生きながら神格化されていく自分の姿、そしてそれと現実のギャップを目にする大石。
これは様々な形や分野で神格化された人々へ対する、芥川龍之介さんなりの答えなのかもしれません。

またこの作品で印象的なのは大石内蔵之助が話題をそらそう、そらそうとする姿です。
そしてついにはトイレを理由に席を外してしまう。
その姿はまるで、自らの満足感のみに逃げ込み、異なる価値観を持ち込まれる事で満たされた気持ちで最期を迎えることが出来なくなることを拒むような、そんな、まさに人間臭い普通の人間としての大石の姿といえるのではないでしょうか。



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マツダはなぜ、よみがえったのか? マツダは、いかにして堕ち、いかにして再生したのか?第2章/宮本喜一
マツダがフォード傘下での経営再建を成功させた経緯を解説した一冊です。
前半、第一章では本の半分を割いてRX-8開発物語でしたが、後半の第二章以下は『マツダは、いかにして堕ち、いかにして再生したのか?』をテーマにビジネス本らしい仕上がりになっています。
第一章とは文字のレイアウトも変わり、井巻久一社長のインタビュー以外は二段の表記になっていて、どういう事情があったのか全く別の本のようです。

□ 多チャンネル化
いかにして『堕ち』の部分は間違いなくバブル期の多チャンネル化計画。(マツダは販売する車の個性に合わせて、販売店をマツダ、アンフィニ、ユーノス、オートザム、オートラマの5チャンネルに整備していた)
ただしこれも最初から失敗というわけではなく、多チャンネル後の1990年には生産台数140万台という数字を記録、これは当時のマツダとしては最高記録でした。
ちなみにここでブランドイメージが傷ついた例として紹介されている、NA型ユーノスロードスターのエピソードが興味深いです。
お客さんがユーノス=マツダを知らずにロードスターの見学にやってきて、エンジンルームを覗いて初めてMAZDAのロゴがあるのに気づき、『顔が引きつった』という事ですが、僕もNA型ロードスターのユーザーだったので知っているのですが、ユーノスロードスターにはとにかくマツダという文字が見当たりません。
取扱説明書など一部を除いて、目立つ場所にマツダの社名は無いのです。
当時、マツダのイメージはそれほど失墜していたのでしょう。

□ フォードとの提携
フォードがマツダにやってきて一番最初に取り組んだのはコストカットと『マツダ』というブランドの再構築でした
多チャンネルにすることでより希薄になってしまったそれぞれのイメージを一つに戻し、『これがマツダの車だ』を完成させることでした。この作業に関しては当時マツダの幹部として働いていて迫 勝則さんの『さらば、愛しきマツダ』に詳しく解説されています。
この本で付け足すことがあるとすれば、今ではスポーティー路線で統一されたマツダのコンセプトが決定されたのは、これまでのロータリーエンジン、コスモ、RX-7といった名車のイメージを活かしたものであると同時に、フォードグループ内での棲み分けという意味合いがあると言うことでしょう。
当時のフォードグループを見渡すと、まずフォードが大衆車を、高級車ブランドとしてはマーキュリーとリンカーンアストンマーチンが王室や貴族を対象とした最高級スポーツカーレンジローバーはRVをそれぞれ担当していました。
この中でマツダはどのグループとも抵触しない大衆向けのスポーツカー、全ての車種にスポーティーな味付けの足回りを備えた車を作っていくというコンセプトを立ち上げたのです。

□ マツダとは何か?
その後、得意の技術力でフォードグループの小型車の開発で重要な地位を確立し、グループ内での相乗効果で比較的開発費を掛けずにアクセラなどの新車種の完成を達成するなど、マツダはフォード内で自分たちを活かす術を見出し、早期の復活へ繋げています。

この本の帯に『フォードが命じた“無理難題”に現場エンジニアたちが答えを出した!』というフレーズがあります。
これはRX-8開発秘話…4ドアのローターリースポーツカーを作れという指示に答えを出した時を表現した言葉ですが、フォードグループ内でのマツダも同じだったのではないでしょうか。
マツダとは何か?
この答えを持っているからこそ、グループに埋もれることなく、堕ち始めたフォードグループの中でも復活を遂げることが出来たのではないでしょうか。



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両備バス沿線-岡山交通シリーズ1/編:両備バス㈱広報室
岡山文庫より、岡山県内の路線バスとしては最大手である両備バスの沿線にある歴史的建造物を巡ってみようというシリーズです。倉敷駅のバスターミナルを行きかう懐かしいデザインの両備バスが印象的です。
ちなみに一ページ目に出ているバスは、岡山駅~渋川海水浴場をつなぐ特急バスで、現在は2004年の台風の際に水没して無くなってしまったデザインのものです。

本の着目点は非常に良いと思います。
普段乗っているバスの、どこかのバス停で降りてみると日常からかけ離れたような歴史的な建造物、時代をさかのぼったような風景に出会える…そんなきっかけを教えてくれる内容です。
ただしうがった見方をすれば、交通手段が先に回った歴史的建造物をめぐるガイドブックという見方も出来ます。

この本を読むと膨大なシリーズを誇る岡山文庫のマンネリを感じます。
この本で主に扱っているのは寺社、自然公園、博物館…といったものですが、岡山文庫では寺社を専門に扱ったもの、自然公園を専門に扱ったもの、博物館に特化した一冊…全て独立して揃っています。
そんな中でこの一冊が、紹介の仕方や順序を変えただけのマンネリのような気がします。このように紹介の仕方を変えながら同じ内容の本が良く出ているよなーと思ってしまいます。

一つ残念だったのは、一つ一つのスポットが岡山駅を起点にした単発の行程であることです。
この手の本によくあるように、○○行のバスに乗車、途中でここで降りるとこれがあり、次はここで降りてあれにいきましょう…といった連続的な紹介はされていないので、実際に色々と回ってみようと思った際には自分で行程を描きながら進めなければなりません。
ただこの本を読んでいれば、降りなくても『あ、ここから降りたらあそこにいけるんだなー』とか、『あぁ、あれがこの本に書いてた…』といった楽しみが増えることは間違いなし。
毎日の足に両備バスを使ってる方にはお勧めの一冊です。



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線電車の射撃手/海野 十三
電車内で起こった連続射殺事件を取り扱った作品です。
この省線電車というのは、鉄道省・運輸通信省・運輸省という『省』が運営した鉄道の事で、後の国鉄のようなものです。

ある若い女性が、突然電車内で倒れた。
不審に思った乗客が起こそうとすると、その若い女性は銃殺されていた。
しかし銃声は誰も聞いていないという。
それでは電車の外から何者かが狙って撃ったのだろうか?

調査を進めていくうちに、ある屋敷の庭先に薬莢が転がっているのが見つかった。

そして事件現場にいた和服の女性赤星龍子を怪しいと調べるうちに、その目前で第二、第三の事件が起こってしまう。
しかも最後の被害者は怪しんでいた赤星龍子本人だった。
銃殺された場所は第一の事件と全く同じ…。
途方もない精度と威力を誇る謎の兵器が存在するというのだろうか。

物語の冒頭で新聞記者による事件関係者のインタビューが載せられているのが、ちょっと形式としては面白かったです。ここをよく読んでいると作品の進行の中で、ちょっと意味深な効果が得られる。もうこの時代にこういう演出があった事に驚いた。
また帆村荘六シリーズなのですが、当初は登場せずに事件の進行具合に痺れを切らした総監によって招聘されてようやく登場という役回りです。途中までスピンオフのような作品なのかと思いました。

ネタバレ等は続き以降で。
続きを読む…


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マツダはなぜ、よみがえったのか? ものづくり企業がブランドを再生する時 第一章/宮本喜一
経営悪化から日本の企業として初めて外資の傘下となった、マツダ。
現在では過去の勢いを取り戻し世界中でヒット作を放ち、フォードグループの小型車を担う中核ともいえる存在になりました。
この本ではどのようにしてマツダが復活への道を歩んだのか?を考えていきます。

この本では日本ではまずまずの売れ行きながら、欧州では大ヒットとなったアテンザアクセラ、そして日本ではマツダを代表する車種となった二代目デミオなどの開発秘話も語られているのですが、それを差し置いて第一章…といっても本の半分以上のページ数だ…を丸ごと割いてRX-8開発物語として紹介されています。
何か政治的な力が働いているのか、第一章だけ別の本のように異なった内容に仕上がっているので、二つに分けて紹介します。

RX-8はRX-7の後継車種なのか?
RX-8といえば観音開きの構造ではありますが4ドアで、人が充分に座れる4つの座席を持つ新しい形のスポーツカーです。
RX-7の生産終了と入れ替わるように誕生したために、RX-7の後継車種として紹介されることも少なくありませんが、この本を読むとRX-7の後継がRX-8というのは誤答であり、しかし正解でもあるようです。

経緯から言うと、フォード傘下に入った時には既に次期RX-7の開発は始まっていました。
この時点で開発陣は次期型のRX-7に意外なコンセプトを与えています。
それはロードスターのような、誰もが気軽に運転できて、楽しい車です。
このコンセプトで誕生したのが、サイズの小さなロータリーエンジンだからこそ実現できる、『完全ミッドシップ』の設計です。現在、ミッドシップと呼ばれている車でも実際はエンジンがやや後方にあります。
そのため、バランスで言えば後ろがやや重くなってしまっているのですが、この新型RX-7で作ろうとしたミッドシップのデザインであれば、それは起こらなかったのです。

このスタイルを実現するためにロータリーエンジンの小型化が進められ、更に環境問題への世間の目が厳しくなるのを受けて、ロータリーエンジンも更なる燃費向上が求められていました。
なのでRX-8が誕生する前、まだ新型RX-7が開発されている段階で、既に出力低下と自然吸気へのシフトは決まっていたのです
この部分を見ると、RX-8はRX-7と性格を全く別にする車であるように見えて、実は幻に終わった次期RX-7の基本的なコンセプトをそのまま受け継いで誕生した車だといえるでしょう。

それがどうして4ドア化され、RX-8という新しい車になったのか?という疑問の背後にはフォードとの政治的な駆け引きがありました。
マツダの開発陣は新しく開発した完全ミッドシップ+新ロータリーのテスト車両(ロードスターの車体で再現した車)をフォードの幹部に試乗させることでロータリー存続を求め、その訴えは確かにフォードを納得させたのです。
しかしその上で出された要求が、4ドアで4人が快適に乗れるスポーツカーであることでした。

既にスポーツカーが売れない時代になっている為、RX-7を新型にしても、FD型のRX-7並にしか売れないことが目に見えている。
それ以上の販売台数を求めるのであれば、セカンドカーとしてスポーツカーを持つには経済的に厳しい、家庭を持つ人のように、従来のRX-7では拾い上げることが出来なかった客層を狙うことが出来る車を作るべきだというのがフォードの要求でした。
そして、その新たな車がロータリーエンジンの可能性を世間に知らしめることが出来れば、その時はRX-7の開発を認めるという事になりました。
この点から見れば、RX-8はRX-7を復活させるために布石となる、全く違う車と言えそうです。
しかし完全ミッドシップこそ達成しなかったものの、従来よりもかなり理想のミッドシップに近づけた構造、そして速さばかりではなく操る楽しさに振った味付けなどは新しいRX-7のコンセプトとして検討されていたものであり、後継車種ではないと言い切るにはやや疑問が残ります。

技術偏向だったマツダに、ビジネス優先のフォードが提携してきたということは良い相乗効果を産み出したのかもしれません。フォードはより売れるイメージを提示する。そして技術のあるマツダはそれを形にして返してみせる。
RX-8はフォードだけでも作れなかったし、そしてマツダだけでも作れなかった車…異なる考え同士が交じり合ったケミストリーなのかもしれません。



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吉良上野の立場/菊池 寛(菊池寛―短篇と戯曲)
わしは、殺された上に、永劫(えいごう)悪人にされてしまうのだ。わしの言い分やわしの立場は、敵討という大鳴物入りの道徳のために、ふみにじられてしまうのだ

忠臣蔵の物語を吉良上野介の立場から描いた作品です。

忠臣蔵の作品というと主に四十七士よりに描いたり、吉良上野介を同情的に描いたりと視点によって作品のイメージはずいぶんと変わりますが菊池 寛さんのこの作品はどちらも立てていない中立な作風です。
ただし専ら吉良上野介の目線で描いている為に赤穂浪士たちの感情などについては殆ど触れられず、序盤でどうにか接待の予算を切り詰めようと考える浅野内匠頭や、前回比7割程の予算でやりくりするように命じられた安井彦右衛門と藤井又右衛門の内心が描かれている程度なので、赤穂浪士に関してはほぼ触れずに描いているといったほうが正確かもしれません。

事件の前後関係はほぼ一般に知られている忠臣蔵の物語の通りです。
浅野家は京都から勅使を迎える接待役に任命されましたが、物価も高騰しているのに加えてこの設定は段々と豪華になっていく傾向にあり、浅野内匠頭はその傾向を変えていく為にも低予算での接待を推奨します。
反面、自らへの付け届けの額も含めて小額でおさえようとするのが気に入らない吉良上野介は何かにつけて嫌味を言ったり、必要な情報を伝えなかったりと接待の邪魔とも取れる行動を繰り返し、そしてあの事件が起こる―。

菊池 寛さんは事件の原因をこの際の吉良の行動が原因であるという説で描いているようです。

さて事件後の吉良上野介の感情は以下のとおりです。
・自分は接待の伝統を守ろうとした。
 その為に出費を抑えることで伝統を変えていくようなことは立場上、許すことはできなかった。
よって自分が斬りつけられた上に赤穂浪士に命を狙われているという事は、『別に悪いことをせん人間が、喧嘩を売られて傷を受け、世間からは憎まれた上に、また後で敵として討たれるなんて、こんなばかなことがあるものか』という理不尽さを感じています。

確かにこういう読み方をすると、吉良上野介も同乗する余地はあるよなーと思ってしまいます。
いきなり斬りつけられて、どうにか助かったと思いきや世間では悪役にされ、挙句にその家臣たちに再度命を狙われ、結果として殺されてしまう。

どちらに肩入れをして読むにしても、一度はこういう別の視点の作品を読んでおくのも面白いものだと思います。



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クーデルカ ビジュアルガイドブック
イギリスなどの伝聞や宗教をテーマに、修道院での冒険を描いたゴシックホラーのアドベンチャーゲーム、クーデルカ。
モーションキャプチャーによりリアルな動き、そして日本のゲームとして初めて声と口の動きを同期させるなどリアリティあふれる映像を作りあげた作品です。
最初にプレイした時にはそんな事は知らなかったものの、見るからに綺麗だなーと感心したのを覚えています。

これはそのいわゆる『攻略本』なのですが、ビジュアルや世界観、作り手のコメントなどに重きを置いているのでゲームを終了させてもう何年も経つというのに、未だに本棚に転がしたままにしています。
このゲーム自体、イギリスの歴史(時代背景)や実在の人物を混ぜ合わせて構築されている世界観を持ちます。
その世界観をこの本でおさらいした上で、もう一度ページをめくっていると、またプレイしてみようかな~などと思ったりしますが、それを思いながら読んでいるうちが華なのかもしれません。

さてもう一つの読みどころは作り手のコメント。
今の感覚ではわからないかもしれないけれど、当時のゲームのムービーで、人が柔らかそうに見えるってすごい印象的な出来事だったんですよ。同時期にプロデューサーの菊田裕樹さんも在籍していたスクエアより映像の定評が高いFF8が出ていますが、このクーデルカは派手さでは劣るものの、質感では勝るとも劣らないクォリティです。
制作側のコメントを読んでいると、感じるのはビジネスライクな仕事というよりは一芸に秀でているスタッフにとことんやりこませて一つの作品に集約させたという感じを受けます。
それはプログラマーんぼ三嶋康治さんと永野裕司さんのインタビューの中に出てくる『最後には自分のデータを社内のサーバーに上げるのが禁止になりましたね』という発言に集約されているような気がします。
ちょっとした生活臭や染み。
意識的には見ていなくても、総合的にそれはリアリティを産み出している。

このクーデルカが商業的にどのような評価をなされるのかは知りません。
ただ作り手の、作る楽しさがこのビジュアルガイドブックには集約されている。それは、ゲームをプレイするのと同じくらい興味深いものでした。



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巌流島/直木三十五(仇討二十一話)
直木三十五さんといえば仇討小説の名手。
そんな直木さんの仇討小説を二十一話集めたのが、そのままのタイトルで『仇討二十一話』です。
その中から巌流島での宮本武蔵と佐々木小次郎の戦いを描いた『巌流島』を開いてみました。

この作品でまず印象的なのは、佐々木小次郎との戦いの詳細を描くことよりも、過去の武人などの言葉などを用いて二人の戦いを内面から、哲学的に分析しているところです。
たとえば武蔵が佐々木小次郎との戦いに際して削った櫂を用いたのも、柳生宗矩、伊藤一刀斎が「勝負は五分か一寸の内にあり」として、ほんの僅かな差で勝敗が決すると考えていた事になぞらえたもので、佐々木小次郎の愛用の刀、『物干し竿』が三尺二寸五分と武蔵のそれよりも幾分か長かった為に四尺一寸八分という更に長い木刀を自作したのでした。

さてこの佐々木小次郎との戦いで謎になっているのが、佐々木小次郎はこの戦いで死んだのか?という点で、一般的には死んだとされているようですが、生きていたという説もあり、直木三十五さんはこの戦いでわき腹の骨を砕かれ、鼻と口から鮮血が流れ出たとしていますが、武蔵はその小次郎の息と瞳孔を確認したものの、その結果に関しては記載されず、その場を立ち去ってしまいます。
ただし後に二人の戦いに関する批評として『止めを刺さなかった』という言葉が見受けられるので、少なくとも武蔵が呼吸を確認した時点では佐々木小次郎は生きていたようですが、その批評に対する答えとして武蔵が、勝負は決しているので『もし止めをささずに生返ったらそれこそ嬉しい話ではないか』としている事から、危険な状態であったことは想像できます。

ちなみにその後、蘇生したのかどうかの記載はありません。

遅れてきた武蔵に怒り、鞘を投げて向い受けた小次郎に「小次郎、試合はその方の敗じや」と告げるなど、名シーンもバッチリ収録されていますが、やはりこの作品の一番の見所は武蔵を内面から分析した部分でしょう。



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石巨人の迷宮/ソードワールドPRGシナリオ集1 水野 良/グループSNE
国産テーブルトークRPGとして随一の人気を誇るソードワールドRPG。
結構色々なサプリメント類が発売されていますが、その中でも特徴的だったのはシナリオ集です。
洞窟の中をひたすら探検していく従来のテーブルトークRPGに、よりシティアドベンチャーの要素を盛り込んだだけに、ゲームマスターもシナリオを構築するのは一苦労でした。特にちょっとでも揚げ足を取られるような部位を残せば、ゲームマスターが一番の獲物なんていう悲惨な状況も考えられます。
また苦労して作っても面白くなければ盛り上がりません。

そういった需要に応えたのが汎用のシナリオ集です。
その文庫版、第一弾がこの『石巨人の迷宮』です。
シナリオ集としては猫だけが知っているのようなミステリー風味の強いものもありますが、この石巨人の迷宮はどちらかというと初心者向け、従来のテーブルトークRPGのダンジョン制覇に近しい雰囲気を持ったものが中心となっています。

一応サンプルキャラクターも用意されており、シナリオの続きの中で役割を果たしていく部分はあるものの、別にそれを無視してオリジナルキャラクターで続けていったとしても問題は無い程度の存在です。
またシナリオの末尾には『冒険後の展開』として、新たな冒険につなげていくヒントも投げかけられているので、たとえばスタート地点をシナリオ集に頼り、次以降はオリジナルで…という形をとってみるのもいいかもしれません。

舞台は名探偵デュダでも知られるオラン周辺。
シナリオは以下の四つ。
ゴージャスなゴブリン
街中での冒険とダンジョンの探求というバランスで仕上げられた一作。
不幸の燭台
ソードワールドの本領発揮、ある村を舞台に殺人事件の謎を解いていく一作。
石巨人の迷宮
本格的なダンジョン探求物。つくりが細かい上にマップつきで、シナリオとしての需要が高そうな一作。
魔宮の門
戦闘メインのダンジョン探求物。

不幸の燭台以外はダンジョンメイン。
もっと物語りメインでいきたい場合はミステリー仕立ての『猫だけが知っている』辺りがお勧めです。



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マツダ/ユーノスロードスター 日本製ライトウェイとスポーツカーの開発物語
2人乗りオープンカーがほぼ絶滅状態にあった1986年、マツダ社内でLWSプロジェクトと呼ばれる計画が承認され、平井敏彦さんがその担当主査に選ばれました。
このLWSこそ、ライト・ウェイト・スポーツカーの略称であり、後のユーノスロードスター(MX-5、ミアータ.)を誕生させるプロジェクトだったのです。

著者にその担当主査だった平井敏彦さん、ミスターロードスターともいうべき貴島孝雄さんなどを迎えたNAロードスターの公式ガイドブックです。

 どんな本?
開発秘話から当時の貴重な図面、更には出力などなど様々なグラフといったそうそう手に入らないような資料が詰め込まれた一冊です。
特にこれからの初代ロードスターユーザーは小さなレストアを繰り返しながら乗っていかなければならないだけに、細かな図面や断面図などは非常に役立つでしょう。僕自身も初代ロードスターユーザーとして、幌の水漏れを直す際にはこの本に掲載されている図面を見ながら頭をひねったものです。

 スタディモデル
貴重な資料としてはマイナーチェンジ(MC)や特別仕様車、輸出仕様などが網羅されているという他に、開発段階のロードスターのモデルを見ることが出来るというが挙げられます。

まずブリキのおもちゃのように仕上げられたデザインスタディモデル
細部が完成していないせいか、意外と市販時のスタイルに近いように思えます。

しかしそれを元に作られた最初の自走モデルは、ロードスターというよりSA型RX-7に近い感じで、後のFD型RX-7に装着されたような丸いカバーのリトラが印象的な形に仕上がっています。

試作品の二台目はフロントバンパー部に少しリトラが食い込むデザインで、まだリトラ自体も完成形よりも小さめに設計されているのでかなり雰囲気が違って見えます。
能面を意識したという特徴的な口は姿を潜め、フォグランプが装着されています。

そして三台目のデザインスタディモデルでようやくスモールランプがリトラの真下へ配置され、リトラも大き目の四角型になってイメージ的には発売モデルへ近くなりましたが、リトラの部分がボンネットよりもはみ出す形になっており、その影響からか完成モデルと比べるとやや大柄に見えるでデザインでした。

個人的にはやはり自分自身が惚れこんで購入したので完成形が好きなのですが、自走モデルの二台目はちょっと違う雰囲気でいいなぁと感じました。

 発売までの経緯
ロードスターのような車を作るのに、やはり社内では色々な意見があったようです。
そこで続けるにしても止めるにしても、はっきりさせるために市場調査を行っています。
これがロードスターの開発を決定付ける、潜在的な需要を掘り当てた有名な調査です。

その結果を契機に本格的に動き出したプロジェクトの基本理念は今も変わらぬ人馬一体ですが、当時の資料を見てみると最初は『人車一体感』という言葉で表現されていたようです。
この感覚を追求するきっかけとなったのはロードスターへ非力なエンジン(FF形式だったファミリアの1.6lエンジンがチューンアップされたもの)が載せられる事になった事が大きいようです。
実は開発費やらの問題で、開発許可が出たのが新しいエンジンを作ることではなくファミリアのエンジンのチューンアップまでだったという事情だったようですが、この1.6lでスポーツカーを作るということが『速く走るだけがスポーツカーではない』という人馬一体の理念へとつながっていったそうです。
要するに車を作るうえで1.6lで充分だと判断して搭載されたのではなく、1.6lのエンジンでも楽しく走れる車を作ろう!という制約から始まっているのです。
今となってはモアパワーを追求しない事がロードスターのアイデンティティの一つになっていますが、このときにマツダが違う判断を下していれば、今とは違うロードスターが出来ていたのかもしれません。
大型のエンジンを搭載したハイパワーなロードスター、ロータリーエンジンを搭載した独特のフィーリングを持つロードスター…様々な可能性があったわけですが、その中からファミリーカーのエンジンが選ばれたというのは、当時のスポーツカー市場がどれだけ期待されていなかったがよく解るエピソードですね。


 デザインについて
デザイン面ではエクステリアは能面を、インテリアは茶室をモチーフにしているそうです。
ちょっと屈みながら入らないといけないドアや、はではでしさのないデザインは茶室に影響されているようです。

ところで初代ロードスター最大の魅力だと思っていたリトラ
二代目以降で固定式に変更されてがっかりしたというファンも多かったのではないでしょうか。
実はデザインの基礎を担当した林 浩一さんは最後まで固定式ライトにこだわっていたそうです。
しかしこれは当時の技術ではリトラを採用しないと必要な光の量が確保できないという事情でかなわかったというのが事の顛末のようです。
RX-7も最終型までリトラを採用し続けた事から、マツダはリトラクタブルの形式にこだわりがあると思っていたのですが、そういうわけでもなかったのでしょうか。
ちなみに林さんはデザイナーとしてMOMA(ニューヨーク近代美術館)に作品を残すという夢を持っておられたそうで、このロードスターのテールランプの開発を通して見事にそれを実現させています。

 何故バッテリーがトランクに?
ところで、初代ロードスターの困った特徴の一つですが、バッテリーがトランク内にあります。
このためにユーノスロードスター専用とか言う、大して性能が良くない割りに¥20,000以上もする高価なバッテリーを搭載しなければならなくなるのですが、これはリトラクタブルヘッドランプの採用や、オープンカーの弱点である剛性を補う為の工夫が施されていた為にエンジンルームにスペースが作れず、設置できなかった事が原因です。

エンジンルームが無理となって、最初はシートの後ろにあるスペースを考えていたそうですが、これだと製作過程で一旦ラインから下ろしてからバッテリーを搭載することになってしまう為に効率が悪く、没になったという裏話も紹介されています。

このような、ロードスターのちょっとした疑問や知らなかった開発秘話などが多数紹介された一冊です。

ロードスターの開発に関する物語は、限られた範囲で最大限に粘る事の大切さを物語っているように思います。
同社が途切れたロータリーエンジンを復活させるために作ったRX-8もフォードから課された4ドアでかつ4人がきちんと座れるという縛りの中で開発された車ですが、時には制限を加えることで技術や思想というのは新しいものを生み出していくんだと改めて思い知りました。

だけど、誰が感じるんだろう。
ロードスターが開発の際にこれだけ制限された中から生まれたということを、この自由な地上の翼に乗って誰が感じるというのだろう。

NA6CE~NA8C
生産累計:431,544台
この内の一台を所有し、一つになる時間を手に入れた事を僕は心から誇りに思います。



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寺坂吉右衛門の逃亡/直木三十五
忠臣蔵に登場する忠義の四十七士は、大将となる国家老だった大石内蔵之助さんのように高い身分のものもいる一方で、その身分は様々です。高い身分ながら討ち入りには参加しなかった方もいれば、低い身分ながらも命を投げ出した方もおられます。
後者の筆頭として名前を挙げられるのが寺坂吉右衛門さんです。彼の身分は足軽で3両2分2人扶持という、四十七士でももっとも低い身分のメンバーであり、正確に言えば浅野のお殿様ではなく吉田忠左衛門との雇用関係に当たる人物です。

本来なら討ち入りに参加するような身分ではないのに、命を賭けた討ち入りに参加した彼は、四十七士の中でも『忠義』という言葉を象徴するような存在として人気を博しています。

しかし奇妙なことに彼はどこかのタイミングで四十七士から離脱しているのです
討ち入り成功後に泉岳寺へ引き上げたメンバーは46人。勿論切腹をしたのもこの46人であり、討ち入りに参加していたはずの寺坂さんの姿は忽然と消え去ってしまっていました。
その事に関して直属の上司に当たる吉田忠左衛門さんは不快感を示し、大石内蔵之助さんは「軽輩者であり、構う必要はない」として、その足取りは不明です。
一説には討ち入りの成功を国に知らせる為に、足軽の身分だった寺坂を離脱させて報告に走らせたとも言われていますが、直木三十五さんはこの作品でもう一つの説を物語化させています。

それこそが、タイトルどおり『寺坂吉右衛門の逃亡―。

ネタバレ等は続き以降で。
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旗本退屈男 第二話『続旗本退屈男』/佐々木味津三

第一話で妹の思い人との関係を許した主水之介。二巻では既に同居している模様で、「な、京弥さま。あのう……お分りになりましたでござりましょう?」などと、非常に暑苦しい状態で中むつまじく過ごしている様子。
いつの時代も恋愛は素敵です。

一方、刀のメンテナンスをしている主水之介…と、そこへ妹の菊路と、若き天才剣士でもある京弥が飛び込んでくる。主水之介の家の庭に、血まみれの遊び人風の男がもぐりこんできたのである。
事情を聞けば濡れ衣で役人に追われており、かくまってほしいという。

この第二話は旗本退屈男らしさという意味では第一話よりも成熟した感じで、男を追いかけてきた役人の無礼に『この眉間の三日月形が分らぬかッ』と一喝、追い払ってしまいます。
そうかと思えば、本当に怪しい奴だったら困ると、かくまった男のあごを切りつけて目印としてしまいます。

さてはて…。
ネタバレ等は続き以降で。
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後光殺人事件/小栗虫太郎
合唱をし、天人像に向かって正座している―。

こんな不可思議な状態の遺体の元へ呼ばれた法水麟太郎。
一流の刑事弁護士である彼でさえ動揺を隠し切れなかった…。
そんな状態のままで、僧侶は頭に傷を負い、絶命していたのである。

足跡を消したトリックは、解った。
しかしどうやって殺したのか…?

ミステリー史上に異名を馳せる『黒死館殺人事件』の主人公のデビュー戦です。

以下、インプレッション。
黒死館殺人事件は物語そっちのけでウンチクが語られ、その過程の中で読者が段々と物語がナンだったか解らなくなるという異色の作品でしたが、それと比べるとこちらはまだ読みやすいほうだと思いますが、それでも『どんだけ物知りやねん、お前』と突っ込みたくなるような部分は目立ちます。
結論に行き着くまでの飛躍加減が素晴らしい。
作品の中で被害者の精神が蝕まれていく様子を探るのにフロイト流の夢占いが登場し、そこから彫像愛好症(ピグマリオニズムス)という素晴らしい結論に行き着いたりしています。
トリックという点では、集まった情報に対する結果としてはそう破綻しているわけではないものの、そこに行き着くまでの経緯が推理小説というものの中でどれだけ大切なのかという事がよく解る作品です。
この作品にワトソン役がいればなーと思いました。

ワトソン役というのは天才と一般読者との間に入ることで距離を縮めてくれる存在でもあるはずです。今作での熊城ではその役割は、少し弱かったかなぁーというのが感想です。
しかし作品の雰囲気は間違いなく日本の推理小説の源流の一つ。細かいことよりも雰囲気を楽しみながら読み進めたい一作です。



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さらば、愛しきマツダ/迫 勝則
マツダ生え抜きの幹部だった著者がフォード傘下で行われた再建計画のひとつ、早期退職者募集に応じてマツダを去るまでを綴ったエッセーです。

内容はタイトルから想像される以上に充実しています。
入社以降のマツダの成長と破綻まで内側から描いており、特に後半ではかなり高い地位に居られた著者だからこそ知っているマツダ×フォードによる経営再建の裏舞台が色濃く描かれており、マツダが今でも他社をリードする、ブランド/イメージ戦略に関しては著者の専門分野だったこともあり、非常に詳細に解説がされています。

しかしこの本で面白いなと思ったのは、迫さん自身はフォードが本格的に経営へ乗り出すようになった頃から退職を決めておられる反面、フォードに対しては疑問点もいくつかはありつつも肯定的な姿勢であることです。
広島を本社とする地方都市らしいおっとりとした雰囲気のマツダへ入ってきたフォード社員は、誰よりも早く出社し、ミーティングを繰り返す。昼もパンを片手に働き続ける。
希望退職の募集が出た際に迫さんも参加した同期で集まった飲み会に参加した人の中には『これからの五年間(著者やその同期の方が定年になるまで)遊んで暮らすか、あくせくと仕事して暮らすかの選択』と表現している人がいるほどで、この勤勉さは著者自身も高く評価しています。
しかし、かと思えば奥さんとの約束の期間が過ぎたという理由で社長が交代したり、連休前日は定時前に終わることが推奨されたり―。民族としての考え方の違いが如実に現れています。

これが外資が入るという事の問題なのだと思います。勤勉な事の良し悪しとは別の問題がそこには横たわっています。
この本ではマツダですが、それぞれの企業の持つ企業としての個性は、その中では保たれない、もしくは多少の変革を余儀なくされる。それは同じ場所にいながら、違う場所に移動してしまうような違和感が生じるものなのではないでしょうか。

マツダを象徴するようなこんな出来事が紹介されています。
過去にマツダがオイルショックで173億円の赤字を計上した際、AM作戦(オールマツダ作戦)と呼ばれるメーカーの社員が販売へ廻り総力で乗り切るという対策で乗り切っています。
販売増による黒字転換や普段お客様と接していない技術職の方が得た情報からヒット作となる新型ファミリアの登場の契機となるなど成果は挙げているものの、合理的とはいえない根性論の対策です。
でも、それで乗り切っていこうと一致団結できる会社、そしてそれで行こう!とぶち上げる社長…。
それが本来のマツダという企業のカラーだったのだと思います。

でもそれはフォードとの提携の中で失われていく。
それがいい事なのか悪いことなのかは判りません。
単純に今のマツダの数字だけを見れば、迫さんも作中で語っておられるようにフォードなしに今の再建はありえなかったはずで、マツダは消滅の危機を救ってもらったといえるでしょう。
でも企業が変わっていく中で、希望退職者を募り、10:00開始で10:01には既に受理できないほどの人数になってしまっていたという事実は、勤め続けてきたマツダが違う会社になったと思った人の人数を意味しているのだと思います。

前述の通り、著者の迫さんは在職中に非常に重要な仕事を手がけていた方です。
現在のマツダのシンボルを決めたり、ショーの責任者になったり、上司は社長を含めて三人しか居ないという立場で、更に希望退職の要請が行われた時には既に新しい部門への誘いがあったりと、現代進行形の幹部でした。
この一方では新しい配属先が、一方では希望退職者募集の書面が…という矛盾した状況が起こったのはフォードが希望退職者を募る際に全員(?もしくはそれに近い数字)に対して同じような通告を突きつけるという公平なやり方で行われた為です。
その行為がマツダの社風にあっていなかったのか、マツダは予想外の人員を流出させてしまいます。迫さんは恐らく会社にとっても『予想外』の一人だったのではないでしょうか。

迫さんの『愛しきマツダ』は既存企業からの退職ではなく、失われてしまった『マツダ』らしさに対する言葉だったんじゃないかなんて思いました。

マツダのブランドシンボルは世界へ羽ばたいていく会社の姿を頭文字のMの形で表現したもの。
そして羽ばたこうとしているマツダを去る迫さんの元へはフォード社員からCongratulation(おめでとう!)の言葉が並んだといいます。
退社という選択も、一つの出発です。

立場は違えど、僕も宮仕えの身。妙に沁みる一冊でした。



※迫さんは現在、作家としての活動のほかに広島国際大学の現代社会学部にて教職者としても活躍されておられます。(2008年10月追記)


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プライオリ・スクール/シャーロック・ホームズの帰還 The Adventure of the Priory School
私は貧乏なんです

ベイカー街の下宿を訪れた中でも最もびっくりしたという依頼人、ソーニイクロフト・ハクスタブル氏がもたらした、世間に知れる寸前だった公爵の令息の失踪事件です。

依頼人は入室した途端に卒倒してしまう。
ちなみに倒れた依頼人を見た医者・ワトソンの感想は『私たちの目の前に倒れているのは、一人の完全な敗残者だった』です。医者とは思えない衝撃的な発言です。
僕は医者という職業につく人はもっと思いやりのある人格者だと信じていたのですが、その考えは甘かったようです。
ちなみに依頼人の症状の原因は極度の衰弱と空腹だった模様で、目覚めると即座にミルクとビスケットを要求します。
この時代にまともな人間はいないのか…。

ところでこの事件でのホームズは妙にとげとげしい印象があります。
フラフラになりながらも訪れた依頼人に対しても忙しいことを口実に断ろうとさえしていますし、依頼人に対して小切手もきっちり要求しています。名探偵でも忙しいと苛々するのかもしれません

さて事件はある公爵の令息が、依頼人の創立したプライオリ・スクールから忽然と姿を消したというものでした。
そして同時にドイツ人教師が、その自転車ごといなくなっていたのだ―。

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小説ドラゴンクエスト 下/高屋敷英夫
そして伝説へ…

小説ドラゴンクエストの後編は高屋敷英夫さんらしいシリアスな展開になっています。
ヤマタノオロチを母とし、そして敵軍の幹部であるチコと姉妹であるという自らの血を知ってしまったリザ。
明るく振舞うものの以前の無邪気さは消え、一心に自らの血に潜められた魔法の力を磨き続けるようになります。

そういえばこのドラゴンクエスト3ではシリーズの中でも最も鍛錬にスポットが当てられています。
クリスはずっとアレルと稽古をつけていますし、リザが加わって以降はリザから魔法を教えてもらっています。実は僧侶のモハレも賢者の下で修行していたリザが僧侶の魔法を教えたという設定になっています。
ただし物語の最後まで『賢者』は出てきません。
高屋敷英夫さんはいかにもゲーム的な機能である転職の概念は持ち込まなかったのですが、遊び人が賢者になる設定なんて、どうでしょう!?

冒険の旅は進み、ラーミアと共に竜王の母となる竜の女王とめぐり合います。
ここで物語りはロト~ドラゴンクエスト1へループします。
やがて竜神として人間を保護しなければならない運命にある』。
しかし母である竜の女王が既に病気で余命いくばくという状態であったために、その子である竜王は悪の手によって育てられ、人間に牙を向ける―。
後出しじゃんけんではありますが、物語はここでつながります。
アレフ=勇者ロトなのだから…。

…ってか、ロトってどういう意味なんだろう。

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キングで勝負(おしどり探偵)/アガサ・クリスティ
スリー・アーツ舞踏会への参加を強く勧めるタペンス。
トミーは新聞のロゴに毎日違う場所へ白い点がある事などを披露して話題をそらそうと試みますが、タペンスの返答は『さっきの話題に戻りましょうよ』。
あぁ、この夫婦すごく共感する。

実はタペンスがこの舞踏会へ参加したかったのは、広告にある風変わりなコピー。その言葉の中に何か暗号が隠されているのではないか…そう推理したのだった。
ちなみに舞踏会へ参加する仮装衣装は、タペンスがマッカーティ、トミーがリオーダン。

この夫婦探偵、ついに形から入り始めました。

しかしタペンスの推理は当たってしまうのだった。
舞踏会の最中、新聞紙の服を着た紳士が相方を残したままで立ち去っていくのを不審に思い、その部屋を訪ねてみると、そこにはナイフで刺され既に死に掛けた女性がいた。

『ビンゴがやったの―』
ダイイングメッセージにトミー&タペンスが挑む。

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ネオン横丁殺人事件/海野十三
再び海野十三さんの帆村荘六シリーズを手にとって見ました。
意外と癖になってきてるかもしれない。

意外と正統派のにおいもあった前作と比べると、こちらは良い感じに破綻しています。
酔っ払ってネオン横丁を歩いていた帆村荘六の耳に突然大きな音が聞こえた。その音がなんだろうかと思っていると、一人の男が走っていくのが見えた。
これを見た帆村荘六は『事件だ!』と思い、男を追おうとした。
疑い方に無理があると思う。

追跡を諦めた帆村荘六はネオン横丁を歩き回り、先ほどの音が聞こえた場所を探して回った。
一軒一軒をしらみつぶしに調べようとしていると、殺人事件を知らせる悲鳴が聞こえ、あわてて現場へ走っていったのだった…。

そしてその家で帆村荘六は銃殺された死体を見つける。
どうやらその家の主人は天井裏から銃殺されたようだった―。

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