本の虫、中毒日記

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Fujisaki

Author:Fujisaki

基本はシャーロッキアン。
でも雑食の本の虫。資格からマンガまでそこに文字がある限りっ。

紙魚、コナチャタテとはちょっと違う本の虫ですので、駆除はご容赦下さい。

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或阿呆の一生/芥川龍之介
芥川龍之介さんの或阿呆の一生を読んでみました。

この本は芥川龍之介さんが自殺をする少し前に書いたもので、発表は死後の事です。

非常に短い作品を51個からなる作品です。
ショートショートのような完成した短編というものではなく、物語の一場面を切り抜いてきただけのような『断章形式』がとられています。
この作品は死を覚悟した上で書かれた芥川龍之介さんの自伝だとされています。
もしかすると、これは生前にきちんとした文章で作り上げられた走馬灯なのかもしれません。

一つ一つの場面で、芥川龍之介さんの人生への絶望や失望、そして死への憧れが描かれています。
第三十一話にある『大地震』では、子供の死体を見て『何か羨ましさに近いものを感じた。』として、生への執着が失われている様子が描かれています。
続く三十六話の『倦怠』でも、『彼は実際いつの間にか生活に興味を失つていた』と書いています。
死にたいと願うのではなく、生きることに疲れた…そんな感じが文章全体から伝わってくるようです。
砕いて言うと、人生のどんな場面においても、彼は生きていこうという気持ちを抱けなくなっていたのではないでしょうか。
第四十九話の『剥製の白鳥』では『彼の前にあるものは唯発狂か自殺かだけだつた』とあります。

人生における選択肢をそこまで絞ってしまうものが何だったのか…。
それは或阿呆の一生からだけでは読み取れないことだと思うので、芥川龍之介さんについて詳細に記した本を読んで考えていくしかないと思います。
ただここまで追い詰められても、それを文章として、作品として記せる力に、長く名前を残し続ける作家・芥川龍之介の真髄を感じるのです。

第八回目の『火花』で、彼は命に代えても欲しかったという『紫色の火花』というものを記しています。
これは彼にとって、何かを表現すること、小説を書くことだったのではないかと思うのです。
書くことに生きる意義をなんとか見出していたのではないかと。
しかし一番最後の第五十一話の『敗北』に、こんな文章が登場します。
言はば刃のこぼれてしまつた、細い剣を杖にしながら

彼にとっての文章が剣だったのだとすれば、もう何かを表現する事さえも、彼を生へ繋ぎ止めておく事が出来なくなったのかもしれません。




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赤ずきんちゃん/グリム
買い物に行った先で、赤いターバンを見かけて以来何故か童話の『赤ずきんちゃん』が気になるようになってしまいました。

…ということで、こういうときに便利な青空文庫さんでグリム版の赤ずきんちゃんを読んでみました。

もちろん有名な童話なので、初めて読んだわけではないと思うのですが、いくらか記憶と違った部分がありました。

あらすじ
あるところに赤ずきんちゃんと呼ばれるかわいい少女がいました。
特に彼女の祖母は溺愛していて、ビロードで作った赤い頭巾をプレゼントしました。
とても似合っていたので、彼女はいつもこの赤い頭巾をかぶるようになり、『赤ずきんちゃん』と呼ばれるようになりました。
ある日、病気の祖母を見舞う為に一人で村から少し外れた場所にある祖母の家へ向かいます。
その途中、彼女は狼と出会い一緒に歩きます。
そこで狼は悪事を思いつき、彼女をそそのかして花摘みなどの寄り道をするように仕向け、自分は先におばあさんの家へと向かったのでした…。

□ 記憶に無かった部分
僕、子供の頃に聞いた記憶では赤ずきんちゃんと狼は同行していなかったように思います。
ってか、いくら狼が悪い生き物だって知らなくっても毛の生えた四足歩行をする獣くら警戒してもいいんじゃないかと。
後に知人の狩人が通りすがって狼に丸呑みにされた二人は救出されるのですが、ここでも描写が違いました。
確か…、二人は中で再会して励ましあうか何かしていたと思うのですが、まず赤ずきんちゃんが飛び出してきます。
曰く、『おおかみのおなかの中の、それはくらいったらなかったわ。』。
そして、後から『やがて、おばあさんも、まだ生きていて、はいだしてきました』と続きます。
もしかして赤ずきんちゃん、真っ暗でおばあさんがいたことに気づいていなかったのかな?
もう一人の被害者であるおばあさんは相当弱っていて『虫の息になっていました』だそうです。
ちなみにそんな状況で赤ずきんちゃんは『でも、さっそく、大きなごろた石を、えんやらえんやら運んできて(以下略)』、おばあさんの心配より先に復讐に走ります。
この作業が致命傷となり、狼は死んでしまったようです。
僕が読んだバージョンではぼかした表現になっていますが、彼女たちを助けに来た狩人は『おおかみの毛皮をはいで、うちへもってかえりました』とあります。
直接的な表現より、妙に迫力があるのですが…Σ(・ω・ノ)ノ!

□ 物語の意味
一時期、本当は怖いグリム童話…なんてタイトルで、初期の版などにあった残酷な表現や、エピソードが取り上げられたことがありました。
時代ごとに表現が変わってくる事は多々ある事ですが、こうした童話には教訓的な意味などが含まれていたりするようです。
この赤ずきんちゃんにもそうした意味は含まれていて、実は寄り道を諌める為のお話なのです。
この話で言えば、寄り道さえしなければ、狼に先回りされることが無く、おばあさんも赤ずきんちゃんも食べられることは無かったでしょう?という事なんですね。
だから物語の最後で、赤ずきんちゃんは寄り道は今後しないと心に誓っています。
そうした教訓的な意味合いから、グリム以前の時代に伝わっていた赤ずきんちゃんの物語は、二人とも助かる描写はないのだそうです。
死にたくなければ、まっすぐ行ってまっすぐ帰れ!…ということだったんですね。




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力太郎
子供のころに読んだ童話が忘れられなくて、検索してみたら『力太郎』という童話が元になっている事が判りました。
岩手に伝わる童話だったそうです。
25年ほど前に読んだきりだったのですが…、その時のタイトルは『あかたろう』だったように思ったのですが、記憶違いだったようです。
あかたろうというのは主人公の名前で、漢字で書くと『垢太郎』です。
日本の昔話には桃から出てきたり、竹から出てきたり、小さかったり…と、主人公が、ちょっと人間離れした設定を持っている物語が多く見られますが、あかたろうもその一人で、垢から生まれた垢太郎!なのです。

不潔。

生まれて初めて?お風呂に入った夫婦の、大量に溜まった垢を固めたものが次第に動くようになったという設定でした。

…不潔。

この話のインパクトはとても強くて、とにかく垢太郎という呼称だけはよく覚えていました。
育った垢太郎はとても力持ちで、各地の力自慢と競っては勝って家来にするということを続けていき、やがて化け物を退治することになった。
そして化け物退治に成功した垢太郎は色々とあって(鬼の宝をもらったのか、化け物退治の報酬だったのか…なんせ、子供のころの事なので記憶があいまいです)、両親とともに裕福に暮らしたそうな…。

そんな感じの話でした。
垢というインパクトだけで覚えていた童話です。
やはりどの時代にも、主人公のインパクトって大切だな…


※一番左側の挿絵に見覚えがあるような気がするので、僕が読んだのはこの本なのかもしれません。ちなみに表紙に書いてあるのは退治される化け物ではなくて、主人公の垢太郎です。『赤』じゃないんですけどね…。
また、真ん中の力太郎は栗から生まれた設定になっているそうです。


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